かつての日本の住居の形式は、建具で仕切られた外皮があり、敷地の垣根があり、さらには集落を田畑が取り巻くといった、複数の周縁に護られながら緩く繋がっていく構成だった。その柔らかい階層には、生活を豊かに繋げるスキマと、内外を定義する境界を伸ばし拡げる余白がある。
敷地は鈴鹿峠の麓、建主が育った町にある。近くには風情が残る細い旧東海道が延びる一方で、その道に沿うようにすぐ隣に大きな国道が走る。
敷地は休耕地であり、土は草花に覆われ、東側は野原が隣地境界線を消して伸びやかに広がっていた。南北はアパートと住居が隣接し、西側の視界の先には鈴鹿山脈が連なるはずだが、そのほとんどが巨大な工場により塞がれていた。設計中には、野原の南東部分は工場の大きな従業員駐車場となった。そのような状況で、登山が趣味の建主夫婦が周囲の草花を愛でながら暮らす住まいを考えた。
周辺を観察し、今後状況が大きく変化する可能性が少ないであろう残余を想定しながら、野原に高さの異なる壁を立てた。
壁は両隣との距離感を調整したい南北側に並列配置し、生活と野原を地続きで繋げたい東側に抜ける谷間のような構成とした。並んだ壁に屋根を架け、生まれたレイヤーに木々を配し、壁、屋根、植物により駐車場からの視線の交錯や、隣地アパートからの見下ろしを切った。壁によって切り取られたスキマが生活と野原や山々、空を繋げる。壁と壁の間からは種々の樹冠がのぞき、住まい手側の住環境に与する役割だけでなく、この地域で生活する周囲の人びとに対しても公園や林のような緑の借景を届ける。
壁と壁のスキマが知覚の向こう側をつくり、視線と意識は周囲の環境へと滲んでいく。複数の壁が重なることで、層の内側にいる安心感を増幅しながら層の外への連続感も獲得する、矛盾の両立が生まれる。重なりは閉じると開くの両立のかたちであり、その階層は住みながら緑と壁の更新で適宜調整していくことができる。
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住宅情報
| 建築年 | 2024年 |
|---|---|
| 敷地面積 | 500㎡ |
| 延床面積 | 128.38㎡ |
建築家について
| 氏名 | 米田 雅樹 |
|---|---|
| 所属 | ヨネダ設計舎 |
| 所在地 | 三重県多気郡明和町平尾306-3 |
| ホームページ | https://www.yonedasekkeisha.com/ |